出版のきっかけ・大洞敦史さん

今日は、どういう経緯で「ルワンダでタイ料理屋をひらく」が出版されることとなったのか、そのきっかけを、きっかけを作ってくださった人物にフォーカスを当てながらご紹介したいと思います。
その名も、大洞(だいどう)敦史さん。
私の本の最後のページには、「編集協力 大洞敦史」と書かれています。

沖縄三味線を披露する大洞さん

小学校の同級生、大洞さん

実は大洞さんは、小学校時代の同級生
私は小学校4年生の夏休みに、父の転勤で、神戸から東京へと引っ越しました。阪神大震災の起きる半年前。
そして2学期から、東京都調布市立布田小学校へ通い出しました。クラスにはすぐ馴染めましたが、実は関西弁を標準語に直そうと必死でした。笑

その布田小学校で、4〜6年生の時に同じクラスだった大洞さん。
当時から、「ハカセ」というあだ名の通り、博識で、物静かながら色々なことを詳しく教えてもらったと記憶しています。

1997年3月に卒業したきり、実は大洞さんとは対面では一度も会えていません。
が、SNSを通じて繋がっていられる時代って本当にすごいですよね。
あとにも書きますが、SNSで私の書いたものなどを読んでくださっていたから、今回のご縁が生まれました。

で、私、経歴を見るとぶっ飛んでるとよく言われますが、大洞さんもすごいんです!
こちらご覧ください。

大洞さんの類まれなるご経歴

大洞 敦史(だいどう・あつし)
 1984年東京調布市生まれ。中一の一学期より不登校。大検、放送大学を経て、明治大学大学院理工学研究科修了(新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系)。
 在学中、台北での映像制作ワークショップへの参加をきっかけに台湾にとりつかれる。YMCA日本語学校でのボランティアや留学生とのカラオケ等を通じて中国語を習得し、2012年ワーキングホリデーで台湾の古都・台南市へ移住。
 2014年、台湾各地の紀行文『台湾環島―南風のスケッチ』(書肆侃侃房)を出版。同年から手打ちそばを独学し、各地でそば打ち体験教室を開催(過去の開催数は80回以上)。
 2015年11月、井戸のある古民家にて「洞蕎麦」を開業。
 2016年、台湾人女性と入籍。翻訳書『竹田因縁』(陳世憲著)出版。
 2019年、中国語著書『遊歩台南―アーティスト12人の台南スローライフ』(皇冠文化)を出版。
 2020年4月洞蕎麦を閉業し翻訳事務所「鶴恩翻譯社」を設立。
 2021年3月、編集にたずさわった書籍・唐渡千紗著『ルワンダでタイ料理屋をひらく』(左右社)出版。
 同年5月、台南市日本人協会理事に就任。
 趣味は沖縄三線で、台南市公認大道芸人。2017年のカウントダウンイベントでは4万人の聴衆を前に沖縄民謡を歌う。
 多言語サイト「nippon.com」でも不定期にコラムを執筆中(過去の記事)。

子ども時代、東アフリカを家族で旅された時の写真。私よりももっと先にアフリカ入りしていた!

台南市公認大道芸人…!
おそらく、台南在住の日本人の方ならきっと大洞さんのことをご存知なのではないでしょうか。
それにしても、数々の出版に、翻訳、そば屋に、沖縄三味線、すごい方なんですが、それだけではないのです。
実は不登校になった後、なんと「パチプロ」だった時期があるのです!

パチプロだった大洞さん

15歳のとき大検に合格し、以後パチンコを研究。札幌在住時、北斗七平のハンドルネームでパチンコ日記のウェブサイト「愛燦燦」を開設し、掲示板を通じて全国のパチプロと交友関係が広がる。サイトでは東京一円1,300軒以上の店舗の店名・営業時間・定休日・景品交換率・イベント情報等のデータを一人で実地に赴いて調べ、公開。また理論上の収益を計算するExcelシート「うえぴょん」(weapyon)も無料公開し、伝説のパチンコサイトと呼ばれている。

転身のきっかけは、mixiで唐渡さんの学生生活を見ていて、目標を持って日々進んでいる姿に「自分の人生、このままでいいのだろうか?」という疑問がわいたこと。それから色々本を読み始め、好きな作家(管啓次郎氏)が教員を務める大学院に進むことを決める。

いやいやいや…その伝説のパチンコサイトも凄すぎるし、大洞さん曰く、風貌が若いとナメられるので、髭を伸ばしてスーツを着て毎日パチンコ台と睨めっこしていたそうです。すごすぎるティーンエイジャー…!
そんな大洞さんが、私の学生生活を見て、方向転換を考えられたとは、なんとも恐縮なお話しですっ!
ちなみにこの学生生活というのは、私は大学中に一年休学してカナダへ留学に行ったのですが、そこで通った通訳翻訳の職業訓練校でめちゃくちゃ勉強していた頃のことですね。

そんな大洞さん、現在は作家・翻訳家として台湾を拠点に活動されています。
今は、17世紀オランダ統治下の台湾を描いた長編歴史小説『フォルモサ三族記』(陳耀昌著)の翻訳にとりかかっているとのこと。

大洞さんの代表作「台湾環島 南風のスケッチ」

出版のきっかけ

大洞さん、パチンコで得た収益は全て本の購入につぎ込み、蔵書はあっという間に5千冊以上になったそうです。「進学が決まり、当時住んでいた名古屋から東京へ引っ越す時には本だけでダンボール200箱にもなった」というくらい、書籍というものについて造詣の深い大洞さん。
(段ボール200箱入る家、東京だとなかなかなくない…?笑)
出版社とのコネクションもありました。

今回私が書籍を刊行した左右社の社長を務められる小柳さんに、「アフリカはルワンダで飲食店を経営している、唐渡さんという方がいて…」と紹介してくださったのです。
小柳さんは私が書いてきたアントレブログなどをお忙しい中読んでくださり、「是非書籍にしましょう」と言ってくださいました。
という運びで、今回本を書かせていただくこととなりました。

1997年3月の小学校卒業以来、対面では会えていないものの、こうして干支が二回りした2021年の3月に、一緒に本を出すことができるなんて、どうして予想できるでしょう…!
本当に、ご縁って、ありがたいものです。

では次回は、編集協力の大洞さんに実際にどのようにご協力いただいたか、出版社の編集者立原さんの活躍も併せてご紹介したいと思います!


大洞さんが中国語で書き、台湾で出版した本。日本人5名・台湾人6名のアーティストと台湾の古都・台南を歩き、その様子を写真と文章で記しています。

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