開業のいきさつ 

おもむろに、Asian Kitchenについて、その開業のいきさつをば。

実は私は2017年より、「アフリカ起業支援コンソーシアム 」という日本企業・経済人で形成される団体にご支援いただいているのですが、
そのウェブサイトでは、支援を受ける複数起業家が各々のブログを公開しています。

そちらに2016年8月(今から3年と8カ月前)に書いた記事をもとにこちらで振返ってみます。
(一部自分で読んでいて恥ずかしい…)

2016年当時の記事より

こんにちは、ルワンダAsia Kitchenのからとちさです。本日も順調に水は止まってます。

断水13日目、さすがに水道局に乗り込もうとしましたが、「今日祝日になりましたんで」とのこと。

いきなり祝日決まるのやめて。そして祝日広報が噂レベルなのなんとかして。「俺は昨日ラジオで聞いた。」とかそういうのやめてー。

毎日家と店を4往復して水を運びます
毎日何往復も車で水を運びます

さて掲題の件。

友人・知人に近況報告すると、「なんでルワンダ?なんでタイ料理屋?え?ウガンダ?」と、とにかく聞かれます。

果ては再婚おめでとうというメッセージまでいただきました。ありがとうございます。

30歳のとき、私いつまで今の生活続けるんだっけ。と漠然と、でも確実にタイミングを見計らっていたときに、

幼馴染かつ元同期の友人夫妻を訪ねてルワンダを訪れる機会がありました。

行ってみると、いろんな期待・予想を遥かに上回る?下回る?別次元?な世界が待っていて、

なんにもない感じが、でもこれからなんでもありな感じがして、

「なんだかここなら、一旦ゼロになれそう。ゼロから始められそう。」

そう思って、決めました。

それになんだか、気持ちいいとこだったんです。空というか風というか空気というか。それも決め手です。

ルワンダの東の地域にある国立公園にて。
ルワンダの東の地域にある国立公園にて。

幼い頃からの憧れとか、(あっでもアフリカは想定外。笑)

東京でシングルワーキングマザーやる中で生活やキャリアについて感じてきたこととか、

子どもをどこで何人(なにじん)として育てるかとか、

いろいろな思案が巡りましたが(おいおい書きます)、

行くこと自体は自然な流れでした。

こうしてルワンダで息子と生活することに。

さて。なにをしよう。

自分はこの国で何をしたい?何ができる?何をすべき?

(出たWILL CAN MUST)

・・・

・・・・・

・・・・・・・・・分からない。

(そりゃそーだ)

じゃあ、何かやりながら見つけてこう

(息子食わせにゃならんし。)

旅行したとき、物資もないしサービスもなかったなぁ→初期投資的に製造業よりはサービス業かなぁ→観光業ってゴリラ頼みだったなぁ→手近なのはレストランかなぁ。全然バリエーションなかったなぁ→でも購買力あるのって今のところ外国人(特に欧米人)→欧米人ってタイ料理好きだけどタイ料理なかったよね!?これじゃない!?

最後のステップだけ跳び幅が大きい気もしますが、

そう、まずは始めることが大事!

かくして、2015年7月末付で会社を退職、8月初旬、ルワンダへ。

オープンまでの珍事とか、オープンしてからの日々とか、その中で見えてきたこと、少しずつ綴って参ります。(Instagramも見てね♪)

そんな感じで始めたこのビジネスですが、

「場をもつこと」

「現地の人を雇うこと」

にはこだわりがありました。

(あ、すみません後者はこだわりというかノーチョイスというか)

場をもつことは、顧客接点をもつこと。現地のカスタマーの声に日々直接触れないと。ルワンダど素人としては。

そして、一度「場」をつくると、人脈とか、情報とかのはハブにできるのではないかと。思いまして。

Asian Kitchen店内。いろんな出会いの場です♪
Asian Kitchen店内。いろんな出会いの場です。

そして、現地の人を直接雇うこと。

ってのがどういうことかも分からずに、とりあえずやってみると、これがまぁ苛立たしく、難しく、面白い。

現地の雇用創出に貢献!なんて聞こえはそれっぽいけど、

会社の意図と社員の要求のせめぎ合いに、イライラしたり気が滅入ったりしつつ、

とにかく今は、今の社員の雇用を守る、ことで必死です。

「雇用を創出し続ける」 ところまで行きたいと思います。

みんな個性もバックグラウンドも様々。

2020年4月、ロックダウンの今

上記が3年8カ月前の自分が書いた記事。
今日は2020年4月11日、新型コロナによるロックダウンのさなかです。

飲食店は持ち帰り・デリバリーのみの営業に限定され、売上は1/4程度に激減。
なぜ自分は箱と人が必要なビジネスを選んだのだ。。
と思ったりもしましたが、これを読んで納得
(ちなみにこれはコロナ禍に限らず、開業以来すごく頻繁に思っている笑)

全体的には、人生詰んだのでルワンダ来てリセットすることにしました的な、
今思えばだいぶ恐ろしいノリでルワンダ来たな、と我ながら思ってしまうんですが、
その中でも箱と人には自分なりにこだわっていたのだな、と。

こだわっていたというか、ほぼ無意識というか、
自分の中では前提になるくらい大切にしてる価値観なのかも。

顧客接点を抑えた「場」を持つこと。

現地の人を雇用すること。

うん、やっぱりそこが原点なんだよなぁ。

今改めて思い返せて良かったなと思ったのでした。

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